プロフィール

 日系グローバル企業で17年間真ん中を走り続けたキャリアに終止符を打ち、人々の人生に安心と爆発を直接的にもたらすべく、2018年4月よりLIFE SHIFT JAPAN株式会社を立ち上げ、主に海外駐在員時代に苦労した経験を背景に、海外駐在員・予定者向けのパーソナルコーチ/コンサルタントとして活動中。MBA含む経営企画管理経験+広範なコーチングマインド+海外ビジネス実践経験という珍しい経歴を生かし、「メンタルケアから事業課題まで一気通貫でサポート」ができる国内でも希少なパートナーである。

この男は、それだけではまだまだ足らないらしい。海外生活の中で、日本の停滞感や社会問題、ビジネスでもグローバルな世界でリーダシップが発揮できていない原因は、日本人の「自己肯定感の低さ」にあることを痛感して、自分に自信が無く一歩を踏めない人々の人生に爆発をもたらすべく着火メッセージを発信することライフワークとしている。この男、喋らないと一見、人を寄せ付けない風貌のわりに、案外親しみやすく、とにかくジワジワメラメラ熱さがこみ上げる。本人いわく、「いやいや、自分が自己肯定感低かったから、そんな過去の自分にエールを送っている感じです」とあっさり回答する。

この男の生い立ちを聞いていると、どうやら年の離れた姉二人の末っ子長男で、もともと気の優しくておとなしい性格で、母親から「おっとりしすぎて心配」と言われ続けていたようだ。その反動なのか、姉さんの「お母さんは潤一に過保護すぎる」の一言で発奮したらしい。面白い出来事だ。そして、幼少からのアトピー・喘息というハンディーを持ちながら2度の大学アメフト日本一に2回生からレギュラーとして貢献するまでになったのだが、ハンディーに向き合う中で小さい頃から修行僧のようなマインドを培ったらしい。本人いわく、「大きな目標を達成してこれ以上ない快感を得たけど、埋められない感情があった。今思うと、自己肯定感が低くて、これでもかって自分に鞭打って日々の感情を犠牲にしてたね。今だからわかるけど、感情を伴わない成功は成功じゃ無いですね。」

そんな彼も、欧州生活9年間の中で欧州各国の人々と接することでダイバーシティーを経験し、家族との沢山の旅行でいよいよ本当の意味で人生を愉しむことを体感したようだ。欧州での経験で、彼の適応性のある人格はさらに研ぎ澄まされ、現在のコーチングに十二分に生かされている。「この経験でようやく人は人だ、自分は自分だと思えたね。人を受け入れるには、欧州のダイバーシティーの中に身を置くのが一番おすすめだわ。全ての固定観念をバキバキに矯正してくれたわ。そんな経験を一人囲っているわけにはいかないのよ。」

彼の海外駐在員へのサポートに対する強いこだわりには、ちゃんと背景があるようだ。「海外子会社着任当初から、現地組織の大きくて鉄壁の壁に阻まれて機能しなかったんです。会社の状態はぐちゃぐちゃでした。本社と海外子会社で事業は同じでも子会社の仕組みは本社と全く違ったし、なにせわからないドイツ語の週次会議にポツンと参加していました。上司も現地組織から総スカン状態で全く誰にも助けてもらえる状態になくて、一人で現地組織にまず人として認められることからやっていきました。赴任から1年後のクリスマスパーティで現地組織のトップから『Tama、お前は全員に認められている。このまま助けてくれ』って言われて、アルコールも手伝ってトイレに駆け込んで号泣しましたよ。」。なるほど、本人にしかわからない厳しい苦労を経験した様子が語気でわかる。

その後、海外での仕事は順調なキャリアステップを踏んで行ったが、どうやら大きく頭を打ったらしい。「ベルギー赴任2年目34歳の時に、汎欧州レベルの大規模の組織構造改革プロジェクトにプロマネとして参画しました。日本人駐在員は数名しか参加しない欧州各国の現地マネジメント主導のもので、各国から選ばれた海千山千のその道のプロがクロスボーダーでドンパチやり取りするそのプロジェクトは、まー、グローバルビジネスそのものでした。各国のマーケット事情も違いますし、各機能ごとの事情も全く違い、各国の労働組合の事情もあり、効果出しを急ぐ中で進むものも遅々として進まずの状態でした。苦しかったのは、欧州全体最適で経営判断を下す構造改革プログラムなので、あちこちで人員の降格・配置転換・減員に触れるものもあり、過去に世話になったドイツ人や一緒に働くベルギーマネジメントに関わるリストラに関わったことで、心を苦しめました。そして、プロジェクトはコンフィデンシャルなものでしたので、その思いを誰にも伝えられず、本当の経営者の厳しさを経験しました。その時に、自分は肩書きが無くなったら、本当の意味でグローバルに活躍できない、一体、自分は何のプロなのか?と大きく悩みました。」 なるほど、なかなか、ここまでグローバルの中で厳しいビジネスをした日本人は少ないかもしれない。加えて、プライベートでも海外駐在員時代に現地で出産を経験したり、ベルギー時代には空き巣に入られたり、たくさんのトラブルを経験して海外駐在員の複合的な苦労もよくわかっているようだ。

日本に帰国するタイミングで、MBAの門を叩き年間で2,500時間を費やしグローバル基準のビジネススキル・知識を得た。しかし、「これだけ勉強しても、自分がグローバルに活躍しているセルフイメージがなかった。むしろ、日本にとどまっている方が良い、もしくは、グローバルに活躍しなくても良い環境を選択したり、そんな自分でいました。日本にいても面白いな、と。」というコメントからも、彼の前向きなグローバルビジネスへの挑戦と迷走感の軌跡がわかる。

MBA資格取得後、40歳を前に自分の人生を模索し、右往左往していたときに、コーチングに出会う。人生を変えるコーチングプロジェクトと世界No1目標達成コーチのマイケルボルダックにコーチングを学ぶ。ここまで目標達成至上主義で来たため、その工程を走っている間は苦しんで当然だと思って、その工程で感情を無視していた。「マイケルからの「感情を伴わない成功は成功ではない」、という言葉はぐさりと刺さったね。その原因が「自己肯定感の低さ」にあることにようやく気づき、自分を心から承認できましたよ」。

現在は、17年間の会社員生活を終え、2018年4月より起業し、リーダーシップを発揮しきれず、海外で一人で悩んでいる海外駐在エグゼキュティブを対象にしたコーチング・コンサルティングで、海外で活躍できるビジネスマンのプロデュースを生業としている。「”MBA+グローバル+エグゼキュティブコーチング”の組み合わせで公私両面の複合的なお悩みを持つ海外法人・海外駐在員向けのヘルプデスクサービスは、他ではほとんど知りません。」今となっては、海外を飛び回りながら人のお役に立つことがやはり好きであることに気づき、自分自身も自身の事業で海外に打って出ることにチャレンジしている。

また、海外経験の中で、日本の停滞感や社会問題、ビジネスでもグローバルな世界でリーダシップが発揮できていない原因は、日本人の「自己肯定感の低さ」にあることを痛感して、自分に自信が無く一歩を踏めない人々の人生に爆発をもたらすべく着火メッセージを発信することライフワークとしている。

ちなみに、大学アメフト学生日本一決定戦甲子園ボウル(1999年)でのディフェンスライン選手によるインターセプトタッチダウンは、史上初で関係者曰く、ありえないプレーらしく、まさに『強運』の持ち主のようである。「あの時は、本当にアメフトの神様が降臨したね。でも、浮かれすぎて、あの直後のシリーズで対面の選手にやられた。神様は見てるよ〜。」この男、これだけではまだまだ語りつくせぬ何かを持っているはず。どうも、この男につられて気合が入ってきた。また会いたい気になってしまう。

経歴

1978年 1月
広島県福山市生まれ
2000年 9月
関西学院大学卒 アメリカンフットボール部所属
2001年 4月
コニカミノルタ株式会社入社(当時ミノルタ株式会社)
2005年11月
ドイツ子会社駐在
2011年 7月
ベルギー子会社駐在
日本人単独一名駐在、経営ボード参画
欧州2千人規模の構造改革プロジェクト プロジェクトマネジメント
2014年 7月
日本本社赴任
グローバルアカウントマネージャー
グローバルCRM構築プロジェクト プロジェクトマネージャー
欧州企業買収4件担当(うち日経新聞掲載2社)
オフィス事業企画管理(最終年度、全社約売上1兆円のうち約3千億円を担当)
2016年 3月
ビジネスブレークスルー大学大学院 MBAグローバリゼーション専攻卒
2018年 4月
LIFE SHIFT JAPAN株式会社設立
海外法人・海外駐在員向けコーチ・コンサルティング
世界No.1目標達成コーチ マイケルボルダック認定マスターコーチ